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住職のご紹介

【ご案内】住職のご紹介

山主 住友 貞観ていかん

宗祖 故 住友寳顕師と私の出逢いは、1995年頃です。

私は、幼少期から病気に悩む日々で、中学三年間は頭痛に苦しみ、高校三年の時には腰痛を患い、そこから35歳まで腰痛との戦いでした。

有名な霊能者を頼り、ある宗教に入るも完治せず。33歳の時には虹彩炎という目の病気を発病しました。そして、知り合いの方から「漢方に詳しいお坊さん」として、堺市の命光不動尊(当時)の住職 寳顕師を紹介していただきました。

寳顕師は、一目会った私に「名前と生年月日」を聞くだけで、私が一番悩んでいた悩みをズバリと当てられました。その一言で、この人は本物の霊能者であると確信しました。寳顕師の先祖供養への想いや、人助けをご自身の使命としておられた生き方に強く感銘を受け、毎日仕事終わりにお寺に通うになりました。次第に夕方のお勤めにも参加するようになり、三年程経った頃に、私にも初めてお不動様の声が聞こえ、私も人助けをしたいと強く心に誓いました。

それからは、霊障に悩みながらも、仕事の合間に滝行、護摩行、命光不動尊の行事にも参加していました。また、四国八十八ヶ所巡礼や各地の神社仏閣にも一緒に参拝しました。 

橋本市(現在)に道場を移す時に、仕事を辞めて命光不動尊の一員としてお寺の仕事に従事するようになりました。

その後、寳顕師の息子と結婚し副山主として後を継ぎました。

そこからは、寳顕師が滝行護摩行壱萬日で感得された命光不動尊の秘法秘傳を伝授していただき、寳顕師と共に滝行、護摩行、先祖供養に邁進してまいりました。

2024年11月30日 前 山主寳顕師が遷化後、現在二代目山主として皆様のお悩み解決やご先祖様のために、日々ご供養に精進しております。

当山の歴史
  宗祖 故 住友 寳顕ほうけん

1933年
大阪府大阪市に生まれる
1973年
胃癌で余命宣告を受け、「あなたを助けられるのは神様・仏様しかないですよ」と医師に言われ、滝谷不動尊様に心願をたてて、滝行に専念する。 幸いにもご本尊様より延命長寿の験をいただき全快した後、滝谷不動尊様にて得度を受ける。
残りの人生はすでに無いものと思い、世の為、人の為に尽くそうと滝行と共に護摩修行を始める。以降、滝谷不動尊様・犬鳴不動尊様の行場、那智の滝、その他有名無名の滝にて水行に明け暮れる。のちに葛城山 役行者 祈りの滝を生涯の修行場と決め、滝行に専念する。また、神道系某教会に於いても修行をし、権大教正の資格を取得する。
1983年
堺市でお不動様をご本尊様とし命光教として発足。神仏と感交できる力と、神仏から授かった法力・神力は皆様のためのものと考え、後に両部神道の教えに則り心身不二道【命光不動尊】と改名し加持祈祷に専念し、以前、役の行者祈りの滝において感得した【四家供養】も共に始める
1989年
信者様の要望により毎年四国八十八ヵ所・西国三十三ヵ所の巡拝を始め、22度巡拝する。また、神仏と大先祖は一体であり別ものではないという悟りから、真言宗は大日如来の教えの中で説いている金剛界と胎蔵界がまさに神と仏の一体の教えであると確信し、宗教家としての最後の仕上げとして高野山真言宗に師匠を求めた
1991年
高野山真言宗 別格本山 宝亀院 故 前住職 大僧正 宮武峯雄大和尚 に巡り会い感銘を受け出家得度
1992年
受戒・四度加行を成満
1994年
金胎両部の伝授・伝法灌頂を受け教師検定に合格し、高野山の阿闍梨となる
1998年
寳顕師は皆様が気軽に訪れていただけるけるような道場をと考え、高祖 弘法大師様のお導きによりお膝元であるこの和歌山県橋本市の地に【命光不動尊 寳来寺】として道場を構える
2003年
約35年の歳月をかけてこの年 3月27日に、滝行護摩行壱萬日を成満する
2022年
11月商標登録を取得 先祖代々有縁四家供養法・霊界施餓鬼一粒萬福法要等
2023年
6月14日宗教法人 眞言命光秘流 寶瀧山 命光不動尊 寳来寺 を設立
2024年
11月30日遷化いたしました